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目覚まし時計 其の一

「今朝、僕の目覚ましはならなかった」

で始まる二つのストーリー

其の一。

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今朝、僕の目覚ましは鳴らなかった。

いや、正確に言えば今朝も、僕の目覚ましは鳴らなかった。

もっと正確に言えば、僕の目覚ましは今朝も鳴らなかった。僕にとっては。

僕の顔の上を彼女の腕が通過し、目覚ましを手探りで止める。

僕はそれで目覚ましが鳴ったことを知る。

まだ眠い僕は知らん顔をして眠り続ける。

彼女の腕が再び僕の顔の上空を通過し、その腕で布団を彼女のサイドだけめくると

スクッとベッドから起き上がり、キッチンの方へ消えていく。

僕は寝返りを打って彼女の体温の残る側へ体を移動させる。

起きなくちゃと思いながら彼女の残り香を感じながらぐずぐずとベッドにいるこの時間が好きだ。

ジャッ!

いつもなら優しく揺り起こしてくれる彼女が

今朝は勢い良くカーテンを引き開けた。

ま、まぶしい、、

僕は思わず左腕を目の上にかぶせて光をよけた。

その左腕を彼女は容赦なく持ち上げ

まぶしくて目を細めた僕の上にまたがり、僕の顔を覗き込んだ。

朝日を背負った彼女の髪が金色に輝いている。

彼女は口をパクパクさせながら大きな身振りで指を動かした。

逆光でよく見えない。

僕は見えないことをいいことに、また眠りの世界に戻ろうとした。

すると彼女は僕の頬を包むようにして軽く叩き

今度はよく見える角度に手を移動させて、もう一度指を動かした。

あ!そうか、そうだったね。

僕は彼女の両手を愛おしく包み、口づけをすると

そのまま腹筋運動よろしく起き上がった。

朝食、できてるわよ、早く食べて用意をしてちょうだいね。

彼女は僕をキッチンに誘うように歩きながら手を動かした。

僕はテーブルに用意されたシリアルに牛乳を注ぎ

iPadで今朝のニュースを読みながらシリアルを掻き込んだ。

今日は特別な日だから、綺麗にヒゲをそってちょうだいね。

彼女は僕とiPadの間に手を割り込ませてそう言った。

        ーーーーー

今朝のカーラジオは彼女の好かない音楽をかけているようだ。

彼女はしきりにチャンネルを変えている。

6のボタンを押した後は機嫌よくリズムをとり始めた。

きっとお気に入りの曲が流れているのだろう。

助手席の僕は日よけのひさしを下げて

裏についている鏡で、ヒゲの剃り残しがないか確認した。

どんな気分?

信号待ちの時、彼女はハンドルから手を離し僕に訊いた。

そうだな、ウキウキしてるけどちょっと緊張もしてる。

僕はそう返した。

        ーーーーー

受付で名前を告げた彼女は

すぐに呼ばれるわ

と僕の隣に腰掛けて僕の耳にかかる髪をかき分けるように撫でた。

香水をつけない彼女の自然な香りが僕を優しく包んだ。

呼ばれたわ

彼女はグイと僕の腕をつかみ、僕たちは立ち上がると

手招きするドクターの部屋へ入った。

これですよ。

ドクターはマイクロSDカードのようなチップを僕の手のひらに乗せた。

これが、そうなんですか。

僕はそういう表情でドクターを見つめた。

手術は簡単らしい

このマイクロチップを耳に埋め込むだけだ。

僕は手術の同意書にサインをした。

がんばってね

彼女は手術着に着替えた僕にファイトのポーズをして

すこし涙ぐんでいた。

僕は、彼女のこうした仕草をもう見ることはなくなるのかな

それともこれからも時々は冗談でこうやって話をするのかな

彼女の声って一体、、、

などと考えている間に意識を失った。

        ーーーーー    

目、覚めた?

耳に刺激が入ってきた。

目、覚めた?

気分はどう?

目を開けると彼女が僕を覗き込んでいた。

え、あ、、これって、、、

わたしの声、好き?

彼女の口の動きと同じ音が耳に入ってくる。

僕は気持ちがあふれて言葉にならず

ただただ彼女を抱きしめた。

声、、聞こえてる?

うん、うん、聞こえてる。

好きだよ。

これが君の声なんだね。

想像していたよりもずっと素敵な声だ。

僕はそう言ったつもりだけど

うまく発音できていなくて

アウアウという声しか出なかった。

発音は練習すればすぐに上達しますよ。

ドクターがベッド脇のモニターをチェックしながら言った。

        ーーーーー

今夜は何が食べたい?

彼女はハンドルを握りながら僕に聞いた。

そうだな

軽いものがいいな

それより僕は君の歌が聴きたいな。

僕は毎晩彼女がピアノを弾きながら歌っている姿を思い浮かべた。

いいわよ

あなたのためにたくさん歌を作っていたの

今夜はやっとあなたに聴いてもらえる

嬉しいわ

彼女は、正確ではない僕の発音をきちんと理解して返事をしてくれた。

        ーーーーー

彼女の歌は最高だった。

声が聞けただけでも感激なのに

さらに僕のために歌ってくれて、ほんとうに僕は幸せだった。

これからは毎日あなたに聴いてもらえるのね

彼女は照れくさそうにピアノを閉じて拍手する僕の手を握った。

        ーーーーー

明日は休みだから目覚ましセットしなくていいわね

ベッドに入った彼女がそう言って明かりを消そうとしたけれど

いや、セットして寝るよ

僕は目覚ましがどんな音で起こしてくれるのか

楽しみでしょうがないんだ

僕はそう言って目覚ましのアラームをセットした。

明日、僕の目覚ましは鳴る。

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