おばあちゃんとのこちゃん「蝶々に乗って」

ランランラン

のこちゃんはいつものように赤いランドセルを揺らして

スキップをしながら家に帰ってきました。

アーチ型の白い門を開けて庭に入ると

玄関脇のチューリップの花びらに

大きくて美しいモンシロチョウが

羽を小さくはためかせながら休んでいるのが見えました。

おばあちゃんだ！おばあちゃんが来てるんだ！

のこちゃんは玄関にランドセルと靴を脱ぎ捨てると一目散に台所へ走りました。

おばあちゃん！ひさしぶり！来てくれたの？

おかえりノコちゃん、今日はママの帰りが遅いからね、ノコちゃんに会いに来たよ。

わーい！おばあちゃん、嬉しい！　またあの話して！

ああ、いいともいいとも。

今、温かいココアを入れてあげるから、手を洗っておいで

うん。わーいわーい、おばあちゃんが来た来たー。

のこちゃんは急いで手を洗うと両手をパッパと振って

残った水気を制服のスカートに押し付けながら台所へ戻りました。

ちゃんと手は拭いたのかい？

うん、拭いた拭いた。

スカートで拭いたら手を洗った意味がないんじゃないのかい

えへへ、ばれちゃった？　それより早くー、おばあちゃんのお話ききたい！

そうだね、ママが帰って来る時間までそう長くはないからね。

はい、熱いから気をつけて。

おばあちゃんは食卓に座って

足をぶらぶらさせているのこちゃんの前にココアを置いて

自分の湯呑みに緑茶を注ぎました。

ねえ、おばあちゃん。今日はチョウチョさんに連れて来てもらったの？

ああ、玄関で見たかい？あのチョウチョさんに乗って来たんだよ。

そうなんだあ、この前はトンボさんだったよね

ああ、この前は秋だったからね、トンボさんにお世話になったよ。

どうしていつも昆虫に乗って来るの？

のこちゃんは不思議に思って訊きました。

どうして昆虫かって？　だって、もしもおばあちゃんがライオンに乗って来たら

町中大騒ぎになるだろう？　ノコちゃんだって怖くて家に入れないだろう？

あはは、そっか。そうだね。

蝶々やトンボなら目立たないもんね。

でもどうして何かに乗ってじゃないと来れないの？

のこちゃんが知りたかったのはそこなのです。

おばあちゃんがいる世界はね、体がないんだ。

うん。前におばあちゃん、そう教えてくれたね。

体がないから見えないんだけど、ほんとうはこの世界と同じところにいるんだよ。

え？どういうこと？

ノコちゃんたちから見えないだけで、ノコちゃんたちと同じところで暮らしているんだよ。

じゃあ、おばあちゃんはいつもこの家にいるの？

ああ、そうだよ、いつもはノコちゃんに見えないまま、そばにいるんだよ。

じゃあ、ノコが学校の教室で手を挙げて発表してる時や、校庭で鬼ごっこをしてるときも？

ああ、ちゃんとノコちゃんの近くで見てるよ。

鉄棒に座ったり木の枝に座ったりしてノコちゃんのことを見ているよ。

わあ、うれしい！

でもときどき、こうやってノコちゃんとお話がしたくてね。

そういう時は、昆虫さんや動物さんにお願いするのさ。

チョウチョさん、ノコちゃんのところに連れて行っておくれって。

そうしたら、背中に乗せてくれて

降りた時にはノコちゃんが知っている時のおばあちゃんの姿に戻っているんだよ。

わあ～、そうだったの～

チョウチョさんたち、そんなお仕事をしてるのね。

そうなんだよ、昆虫や動物達は、おばあちゃんのようにこの世を去った人たちの世界と

ノコちゃんたちのいるこの世界を繋いでくれる大切な生き物なんだよ。

ふう～ん、おばあちゃん、ずっとこのままノコが見えるようにしててよ。

ノコちゃん、残念だけどそれはできないんだよ。

おばあちゃんがこうしていられるのは、チョウチョさんの命をつかっているんからなんだ。

ずっとこうしていたら、チョウチョさんが死んでしまうんだよ。

チョウチョさんが弱ってしまわないうちにおばあちゃんは帰らないといけないんだ。

そうなんだあ、、寂しいな、、

でもおばあちゃん、また来てくれる？

もちろん、また来るさ。

ノコちゃんがおばあちゃんのことを覚えていてくれる限りいつでも来るよ。

約束よ、おばあちゃん。

またおばあちゃんの世界のお話きかせてね。

いいともいいとも。

約束約束。指切りげんまん、ノコちゃん。

じゃあおばあちゃんはそろそろ帰るよ。

うん。チョウチョさんのところまでお見送りに行くわ。

チョウチョさん、おばあちゃんをヨロシクね。

お花、大事に育てるからいつでも蜜を吸いに来てね。

じゃあまたねノコちゃん。

いつでもそばで見ているからね。

うん、おばあちゃん。ありがとう。

のこちゃんは蝶々が見えなくなるまで

ずっとずっと手を振っていました。