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お金とおじいさん

            お金とおじいさん

あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。

おじいさんは畑で野良仕事を

おばあさんはおじいさんと一緒に畑仕事をしたり、家の仕事をしたりしていました。

二人は質素でつつましやかに、しかし心豊かに暮らしていました。

ある満月の夜、おじいさんが言いました。

ばあさんや、今夜も一緒にアレをやろうじゃあないか。

そうですね、おじいさん。今日は町からたくさん連れて帰りましたからねぇ、やりがいがありますよ。

そりゃ〜楽しみじゃのう。

ええ、今夜もまた眠れませんね、うふふ。

おじいさんとおばあさんは畑でもいできたばかりの野菜と年期の入った梅干し、

具沢山のみそ汁と玄米を前に手を合わせ、一日の仕事に感謝していただきました。

そしてお風呂で今日の汗と疲れを洗い流し、きれいに片付けられたちゃぶ台につきました。

じゃ、ばあさんや、はやくアレを出しておくれ。

はいはい、まったく、おやつが待ちきれない子どもみたいですねぇ。

おばあさんは今日町から持ち帰った巾着袋をちゃぶ台の上にドサッと置きました。

おお、今日はまた一段と重そうじゃのう。

ええ、この袋の中身は重くなることはあっても、軽くなることはありませんからねぇ。

それからこの巾着袋、覚えていますか、おじいさん。

これはあなたのお母様が着ていらしたモンペを仕立て直して作ったんですよ。

おばあさんは愛おしそうに巾着袋を膝にあてると、中身を一束ずつていねいに取り出しました。

おーおー、わしのかわいい子どもらよ。

ずいぶんあちこちに行って来たんじゃのう。

かわいがってもろーた子もおりゃ〜、見向きもされんこー引きずり回された子もおるのー。

待っとれよ。今、ばあさんと一緒にきれーにしちゃるけーのー。

おじいさんは百枚ごとに束ねられたしわくちゃの紙幣の帯をほどくと

一枚一枚、ていねいにシワを伸ばし始めました。

おやおや、この子は顔に落書きをされていますわ。

かわいそうに。一度も声をかけてもらっていない様子ですねぇ。

おばあさんは紙幣の落書きを消すと我が子の顔を優しくなでました。

可愛いわたしの子どもたちよ。世間の荒波に揉まれてよく働いてきましたね。

疲れたでしょう。ゆっくり休んでいきなさいな。

そうじゃそうじゃ。お前らにはいろんな苦労があったと思うが

ここにおる間はなーんも考えんこう、ゆっくりして行けや。

その晩、おじいさんとおばあさんは紙幣一人一人にねぎらいの言葉をかけ、くたびれたシワを伸ばし

顔を優しくなでて、心地良い香りのするアメジストのベッドに寝かしてやりました。

何千人もの子どもたちを全員寝かしつけたとき、外ではもう鳥たちがさえずり始めていました。

子どもの寝顔を見るのはいつになっても幸せな気持ちになりますねぇ。

そうじゃのう、この子らーも、また元気に働いてきてくれることじゃろう。

ばあさんや、外は白み始めてきたが、わしらも少し眠るとするか。

そうですね。では寝床の用意をしましょう。

おじいさんとおばあさんが寝息をたて始めた頃、

アメジストのドームでは精気を取り戻した子どもたちがひっそりとした声で話し始めました。

あ〜、やっぱりここに来ると癒されるな〜。

ほんと、君の話してくれた通りだ。ここはなんて気持ちのいい家なんだろう。

こんな幸せな気分は生まれて初めてだよ。ボクを連れて来てくれてありがとう。

いいってことよ。ボクたちはさぁ、多くの人に求められてあちこち旅をするだろ。

みんなボクたちを手に入れたくて仕方がなくて、大切なものを失ってまでボクたちを得ようとするけれど

扱われ方ってどうだい?ひどいと思わないかい?

その通りだわ。わたしなんて、生まれてすぐに兄弟たちと一緒に重ねられて縛られて

暗い部屋に何年も閉じ込められていたのよ。

持ち主はわたしたちを大勢養っているんだって周りに自慢していたけれど

ただの一度だってわたしに触れたことはなかったのよ。

きれいな空気を吸わせてもらったことだって一度もなかったわ。

俺も!欲しいって言うから行ってやったんだけどよ〜。

乱暴にポケットに押し込まれたと思ったら「チクショー」とか捨て台詞を吐かれてよ〜

スーパーのレジの中に引っ越しだよ。

夜になるとヘンな機械に通されてよー、バシバシ叩かれてよー、痛え、つーんだよ、まったく!

んで、次の日には知らないオバさんの財布の中に引っ越したんだけど、仲間と会話する間もなく

ケーキ屋のレジに引っ越しさ。

僕なんて「汚いから触っちゃいけません」とか「僕の話を人前でするのはよしなさい。」とか言われて

ずっとコソコソ生きて来たんだ。

ア、アタシ…黒いメガネをかけた人たちに、人を殺す道具とか、白い粉みたいな物と交換されたことある…

すっごく怖かった…

おいらなんか、神様だぜ!

高いところに祀られてよ、みんな手を合わせておいらに向かって拝むんだ。

滑稽だったぜ。

シーッ、おい!あそこ、見ろよ!

誰かがこっちを覗いてるぜ。

あれは確か隣りのおじいさんだわ。

いつもここのおじいさんとおばあさんにイジワルばかりするのよ。

あ、おばあさんが目を覚ましたみたいだ。

みんな、もうおしゃべりはおしまいだ。

これからまた、ボクたちはバラバラになって旅にでるけど

また必ずここに戻って来ような!

うん。あたし今度は素敵な彼と一緒に戻ってくるわ。

僕も、たくさん友達を連れて戻って来るよ。

目を覚ましたおばあさんは寝床を整えると

アメジストのベッドで寝ている子どもたちを、静かに、起こさないようにそっと覗き込んでささやきました。

おはよう。子どもたち。ゆっくり眠れたかい?

お前たちと一緒に一夜を過ごすことができておじいさんもわたしもとっても幸せだったよ。

今日はまた町に連れていくけど、それまでもうしばらくゆっくりと眠っておいで。

子どもたちはおばあさんの言葉に返事をしたくてしょうがありませんでしたが

じっとがまんをして、寝ているフリをしました。

おばあさんはまだ眠っているおじいさんの寝床の脇を静かに通ると

朝のみそ汁を作るために庭のつづきにある畑に出掛けました。

畑で大根と青菜を採っていると、となりのおじいさんが大きな袋を下げてゆっくりとやってきました。

やあやあ、おばあさん、朝から勢がでますなあ。

あら、お隣のおじいさん、おはようございます。

大根がこんなに大きくなりましてね。

今日市場に持っていくんですが、おじいさん、少し持って行きませんか?

いつもすまないねぇ。

わしは畑の作り方がわからんもんでのう。

こうしてあんたらにもろーてばかりで心苦しいのう。

そういうと畑から乱暴に大根を数本引き抜き、用意してきた袋に詰め込みました。

畑の作り方なら、うちのおじいさんがいつでも手伝いますから

遠慮せずにおっしゃってくださいね。

へえへえ、ありがとうございます。

隣りのおじいさんは作り笑いをしました。

ところでおばあさん、ゆうべはまた遅くまで明かりが点いておったが

何をしとったんかね?

ああ、ちょっと、おじいさんと話し込んでいて夜が更けてしまったんですよ。

そうかい?

いや、たまたまじゃぞ、たまたま通りかかっただけなんじゃが

なにやら、家の中からざわざわと声がしとったような気がするんじゃが…。

隣りのおじいさんは片方の眉をひくりと上げました。

子どもたちが帰ってきていましたからね。

ひそひそ話をしていたんでしょう。

いつもそうなんですよ。

楽しそうな声が枕元で聞こえているんですがね。

わたしたちは聞こえないフリをして寝ているんですよ。

おばあさんは目を細めて微笑みました。

子ども?

何を言っとるんじゃ?

ばあさんとこには子どもはおらんじゃろー。

まあ、子どもと言っても、お札なんですけどね。

わたしたちが畑で育てた作物は、本当だったら着物や靴、釜や燃料と交換したいんですが

これだけ人間が増えてしまったからには全てを物々交換するわけにはいきませんからね、

お金という道具をあみ出したわけなんでしょう。

今では畑の作物はお金と交換しているんですよ。

畑で育った作物はわたしたちの子どもですからね。

それと交換したお金もまた、わたしたちの大切な子どもなんですよ。

お金が子ども?

奇妙な考えを持っとるもんじゃのー。

しかもお金がひそひそ話しをするなんか

聞いたこともないでよ。

それはそれはお隣さん、お金というものはね、実はしゃべるんですよ。

出会ったお金同士で今まで辿って来た旅の土産話を聞かせ合うんですよ。

わたしたちは初めの頃はそれを聞いていただけなんですがね。

なんだか、辛い体験をして来る子が多いもんですから

いつしか、子どもたち一人一人の顔を撫でてやるようになったんです。

お札のシワをのばしながらね、顔を撫でて話しかけるんですよ。

ようこそウチに戻って来ましたね。ゆっくり休んでいきなされ。ってね。

そうしたら子どもたちが喜びましてね。

どんどんお友達を連れてくるようになったんですよ。

ほ〜…。

隣りのおじいさんはニヤリとしました。

その晩、隣りのおじいさんは町の銀行で下ろしてきたありったけのお札を前に

腕まくりをしました。

おい!お前ら!これからわしがお前らのシワをのばしてやるから

どんどん仲間を連れて来い!

そう怒鳴るとお札を机の上にばらまいて

ゴシゴシと手のひらでシワを伸ばし始めました。

お札についたシワっちゅーのはなかなかとれんもんじゃのお。

これじゃー、わしの手の方が先にダメになるわい。

そうじゃ、いいことを思いついた。

隣りのおじいさんはかつておばあさんが使っていたアイロンをひっぱり出してきました。

さすがわしじゃ!

アイロン台の上にお札を乗せると

シューシューと湯気をたてながら次々にお札のシワをのばしていきました。

うっひっひ。どーじゃ。まるで新札みたいになったじゃろ〜。

隣りのばあさんとこよりも、こっちの方がシワがピンと伸びて気持ちよかろう。

わかったか!今度から、わしのウチに戻ってくるんじゃぞ!

一人で戻ってくるんじゃないぞ、仲間を連れてこい!

大勢連れて来んかったら今度はお前らをぐちゃぐちゃに丸めて

シワクチャにしてやるからな!

隣りのおじいさんはシワの伸びたお札をひとくくりにすると

無造作に足元の机に置き、

万年床に横になってグーグーいびきをかいて寝てしまいました。

その夜、お札たちはあまりの熱さと、乱暴な扱いを受けたショックで

話すことができませんでした。

翌朝、隣りのおじいさんはアイロンのかかったお札の束を銀行に持って行くと

いいか!くれぐれも忘れるんじゃないぞ!この次下ろしに来たときは

大勢仲間を連れて待っているんだぞ!

と念を押し、自分の口座にお金を戻しました。

帰り道、隣りのおじいさんは

お金が増えたら何を買おうかと

店先をニヤニヤしながら眺め歩きました。

隣りのおじいさんの手元を離れたお札たちは

ようやく口を開いて話し始めました。

君の顔のやけど、大丈夫かい?

うん、なんとか。あなたの顔も赤くなってるわ。大丈夫?

熱かったよな〜。

アタシ、順番が回ってくるあいだ、怖くて逃げ出したかったわ。

言葉も乱暴だったわよね。

仲間を連れて来なければぐちゃぐちゃのシワクチャにするぞ!だなんて…

もう、あの家には行きたくないな…。

そうね、わたしたちの仲間にもあそこへは行って欲しくないわ。

よし。あの手を使おう!

その頃、隣りのおじいさんは一軒の店先のショーウィンドウに釘付けになっていました。

あれ、欲しいのう。

でも、高くてとても手がでんのう。

ん。待てよ。

そうじゃ!わしは、もうすぐお金がわんさか増えるんじゃった。

それならクレジットカードを使って今買ってもよかろう。

そうじゃそうじゃ。わしはお金持ちになるんじゃけー

なんでも欲しいもんを手に入れられるんじゃ!

隣りのおじいさんは捕らぬ狸の皮算用で贅沢品を山ほど買い込みました。

一方、おばあさんは町に子どもたちを連れて行くと

子どもたちにこう言いました。

お前たち、世の中のために少しでも役に立てるよう

しっかりと働いておいで。

お前たちが願えば、もう決して恐ろしい目に遭わせるところには行くことはないだろうよ。

世の中をよくしようと働いている人の元に行って

うんとかわいがってもらっておいで。

そして、またいつか元気な顔を見せに帰って来ておくれ。

おばあさんは自分たちの生活に必要な小額の子どもたちを残して

あとの大勢の子どもたちを世界数十カ国に寄付しました。

このお金をどうか、世界の困っている人たちのお役に立ててください。

世界中に散らばった子どもたちは

各国の紙幣に姿を変えて、新しく出会った仲間に伝えました。

ボクたちは世の中を良くしようとする人たちのところに集まるんだ。

そして一生懸命働いて、地球を美しい惑星にするんだ。

宇宙から見ても美しく、また、地上に降り立ってもなお美しいと言われる星に成長させるんだ。

君たちも一緒に働かないかい?

新しい仲間たちは次々に賛同しました。

ありがとう、君たち。お礼に今度いいところへ連れていってあげるよ。

そこには優しいおじいさんとおばあさんがいて、

ゆっくり体のシワを伸ばしてくれて、顔を撫でてくれるんだ。

そして、いい香りのするベッドに寝かせてくれるんだ。

それに、よく頑張ってきたね。って褒めてくれるのよ。

あ〜、早くあのお家にもどりたいわ。

我々も行ってみたいなあ。

よし、じゃあ、準備にとりかかるか。

その頃、おじいさんとおばあさんは市場に畑の作物を並べていました。

八百屋のおじさんや、料亭の板前さんたちがこぞっておじいさんとおばあさんの作物を欲しがって

黒山の人だかりです。

じいさんとこの野菜は甘くて優しい味がするよな〜。

ウチの店ではここの野菜を使った料理じゃないとお客さんが満足しないんですよ。

ここの野菜を店に置くと、なぜかお客さんがたくさん店に入ってくるんだよ。

市場では毎回、おじいさんとおばあさんの作物が他の何十倍の値段で買われていきます。

市場だけではありません。今や、インターネットで国中、いえ、世界中から注文が殺到するようになりました。

こうしてまた、満月の夜には

おじいさんとおばあさんは何千人もの子どもたちの顔を撫でてやるのです。

同じ満月の夜、となりのおじいさんは一枚の手紙を手に顔を青くしていました。

「お客様のご利用になられた金額は残高不足で引き落としできませんでした。

期日までにお振込いただけませんと、お客様の財産を全て没収させていただきます」

ひゃ〜〜〜〜〜〜!!!!!

ばあさんや、今のは何の声じゃ?

さあ、お隣の方から聞こえて来たみたいですね〜

きっと、子どもたちが大勢のお友達を連れて帰ってきてくれて

喜びの悲鳴をあげているんじゃあないですか。 

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