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お辞儀(第1話)


お辞儀

「うぉーっとっとっと、、こりゃ失礼!」

おいトオル、せめて人にぶつからないように歩いてくれよ

ゴツン!

イテ!だからいきなり抱きつくなって!

こりゃまいったな

前任が匙を投げたのもうなずけるな

最近の日本人はこんなにも変わってしまったのか…

安請け合いするんじゃなかったな

今夜の初守護霊会議が思いやられるぜ

おいおい、トオル、ベッドに入ってもまだメールやってんのか

一日中携帯いじくってたのにまだ用事があんのかよぉ

いい加減寝てくれよ

テレビもつけっぱなしで寝るのか?

カップ麺もテーブルの上に投げっ放しだし

一人暮らしはこれだからな〜、やりたい放題じゃないか。

ったく、これから先コイツの面倒をみると思うと気が重くなるぜ

今夜は報告する事がたくさんあるから

ぐっすりと眠らせておこう

**************************

「おほん、ではこれから守護霊会議を始める。」

「はぁ、、はぁ、、

遅れてすみません、今日から新しく赴任しました、トオルの守護霊です。」

「おお、君か、待っておったぞ。さ、掛けたまえ。」

「はい、えっと、ここに座っていいんですかね。」

「こんにちは、あなたがトオルを引き受けてくださったんですね。わたし、トオルの毋親マリコの守護霊ですわ。」

「あ、どうも。よろしくお願いします。」

「私はトオルの父親オサムの守護霊だ。」

「あ、初めまして。よろしくお願いします。」

「あたし、トオルの妹ミカの守護霊。」

「あ、どうも。よろしく。」

「前にいらっしゃるのがトオルのお爺ちゃんの守護霊で、この会議の長なのよ。」

「そうですか。どうも。遅くなりまして。あのヤロゥ、いや、トオル君がなかなか寝ないもんで…」

「いいんじゃいいんじゃ、アイツは今、年頃じゃからのう、いろいろと難しいんじゃよ、気にするな。それより、よくぞトオルの守護霊を引き受けてくれたのう。」

「はぁ、実はボク守護霊になるの初めてでして…、教育実習終えたばかりの新米守護霊なんですよ。」

「まぁ、そうなの?」

「はい、お母さん。実習の終わりに子孫の中から守護する人を選んでいるときにトオル君の守護霊さんがやってきて、誰かコイツの守護霊になってくれないかって言うんです。」

「やだー、お兄ちゃんったら機会を狙ってたのね。」

「ボク、誰を選んでいいかわからなかったからトオル君でもいいかなと思って「ボクやりましょうか」って手を挙げたんです。そしたらその守護霊さん、喜んだ声で「お前ならできる!」って叫んで、背中についている印を剥がし始めたんです。」

「アイツ、勝手に任務を降りたのか…。会議で決議を採ってからだと何度も言ったはずなのに、父親の私にも相談しないで勝手なことをしてくれたもんだ…。」

「で、「トオル君ってどんな人なんですか?」って訊いたら「なーに、心配いらないさ、君と同じ若い男の子だからきっとすぐに仲よくなれるさ。」って笑って、ボクの背中にトオル君のマークをペタッと貼付けたんですよ。その瞬間にトオル君の眠る部屋へ降り立ったわけなんです。」

「そうじゃ、そうやってワシらは人間の守護霊に就くんじゃよ。」

「眠ってるトオル君は大人しそうな顔をしていたし、ボクと似てたからきっと大丈夫だろうなと思って、安心して側でくつろいでたんですけど。」

「うふふ、起きたら大変だったってわけね。」

「はい、お母さん、全くその通りでして…。」

「アイツはちゃんと大学には行ってるのか。」

「はい、お父さん、大学には真面目に通ってるみたいです。」

「じゃあ、まずは安心ね。父さん母さん!」

「まあ、勉学の面では特に問題はないんですが…。」

「なんじゃ、遠慮せずに言ってみぃ。」

「はい、トオル君は全く礼儀がなってないんですよ。朝起きても布団をたたむでもなく、朝日を拝むでもなく、昨日の続きをだらだらと始めるだけで、新しい一日を迎えるという気持ちがない。」

「そうじゃのぅ、ワシらは武士の血筋を引いとる家系じゃから、尚更けじめというものは大切じゃ。」

「それからですね、いつ朝食を作るのかなと思って見ていたら、食事を作るどころか何も食べないで出掛けてしまったんです。」

「あはは、最近の日本人は朝食を摂らない人が増えてるのよ、ミカも朝は食べないわ。」

「そうみたいですね。街で出会った守護霊さんたちが教えてくれました。それでですね、朝食をとらずに出掛けたトオルは、コンビニに入って栄養ドリンクを買ったんですけど、驚いたのは、レジの人が「いらっしゃいませ」と頭を下げているのにトオルは何も応えないんですよ!ボクはレジの守護霊さんに「おはようございます」と挨拶したかったのですが、肝心のトオルが頭を下げないのでボクは顔を出せなかったんですよ。」

「そうかそうか、それはさぞ困ったじゃろう。」

「ええ。ぼくはトオルが店を出る時に後ろを振り返って「ありがとうございました」と頭を下げている店員の守護霊さんに「ごめんなさい」と謝るのが精一杯でした。」

「ワシら守護霊は守護しておる人間の真後ろに立っておるからのう。

人間が頭を下げん限りはワシらは前を見る事ができんのじゃ。」

「そうですわ。近頃の日本人はめっきり頭を下げて挨拶しなくなりましたから

わたしたちはなかなか相手の守護霊さんと挨拶できなくなりましたねえ。」

「私はトオルの父、オサムを鍛え上げたからな。オサムは会社で誰よりも深く頭を下げるのだ。だから私は相手の守護霊がよく見える。相手の守護霊がよく見えると、相手の情報がより多く入手できるのだ。」

「ワシらは相手の守護霊と挨拶をして初めてお互いの波動レベルを知り、お互いが高め合える存在かどうか情報交換をして、おつきあいするかどうか守護してる人間に伝えるのじゃ。」

「だからミカのパパは出会うべき人と出会え、会社でも人望が厚く部下から慕われてるし

取引先での評判もいいし、地域でも皆に信頼されているのよね。もっちろん一家の大黒柱として貫禄充分だし!」

「そうじゃ。じゃから頭を下げて挨拶することが大切なのじゃ。」

「ボクが生きていた時代ではそれは当たり前のことだったんですけどね…。時間の流れはこうも人の意識を変えて行くものなんでしょうかね…。」

「全くじゃ!近頃はなんじゃ、政治の世界でもアレじゃないか、頭を下げて挨拶するかわりに、握手なんぞをしおる!」

「【欧米か!】って突っ込みたくなるわよね!おじいちゃん!」

「そうじゃ、なんでもかんでも欧米流にすりゃーいいと思いおって。なんじゃ?外交で頭を下げると相手国より下だという印象を与えるからお辞儀をしてはならぬ。とかなんとか講釈を垂れおって。たわけどもが!お辞儀をせぬから相手国のことがわからんのじゃ。」

「はい、おじいさまのおっしゃる通りです。その握手に関係することですが、トオルはですね、誰彼となく抱きつくんですよ。好き合っている彼女を抱きしめるのはいいんですが、」

「なんですって!トオルに彼女がいるんですの?!しかも、抱き合うって…ああ、、、」

「いや、お母さん、例えばですよ例えば。でも、そう言えば確かトオルのバスルームには歯ブラシが二本…」

「え!歯ブラシですって!」

「なんちゃって。冗談ですよ、お母さん。話を進めますと、トオルは友達でも誰でも挨拶代わりに抱きつくんですよ。ハグっていうんですか?かっこいいらしいんですよね。」

「まさに欧米か!だね、お兄ちゃん!」

「そうだね。ハグって言うと聞こえはいいけど、ボクら守護霊にとってはいきなり相手の守護霊とエネルギーが交差するわけですからね。挨拶もしないで相手のエネルギーとぶつかり合うので痛いったらないですよ。」

「ワシら日本人は昔から礼節を重んじとる。それにはちゃんとワケがあるんじゃ。会った相手といきなり触れ合うんではなく、一定の距離を置いてお辞儀をするのはお互いの霊同士が挨拶できるようにするためじゃ。頭を下げて礼をすると、後ろにいる霊同士も礼ができる。礼=霊なんじゃよ。」

「はい。教育実習でもそのように習いました。親しい仲でもまず礼をするのは、霊同士が礼をする時間をとるためだ、とも。」

「その点はミカもできてないわね。学校の廊下で先生とすれ違っても知らん顔。こっちはすれ違った後にお互い振り返って礼をするしかないわよ。」

「そう、そのすれ違い方なんですけど、トオルは人とすれ違うときも相手を気遣わず、ぶつかっても平気なんですよ。」

「そうですわね。昔はすれ違う時はお互いがぶつからないように斜になって軽く頭を下げてすれ違ったものですのにね。」

「日本人は人とすれ違うときには霊どうしがぶつからんように距離をとることを感覚で知っておったはずなんじゃがのう…。」

「ボク、トオルの守護をする自信がなくなってきました…。」

「何を言うとる!トオルを守護する機会を与えられたことに感謝せい。お前を通してトオルは成長し、トオルを通してお前もりっぱな守護霊として成長するんじゃ。」

「その通りだ。私がオサムを鍛えたように、君もトオルを鍛えなさい。」

「がんばって!トオルをよろしくね。」

「お兄ちゃんをよろしく!」

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