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メニューのないレストラン(第5話)


ー第五話ー

 うふふ  エスプレッソ。そうね。  エスプレッソの話を思い出すとわかりやすいわね  あなたにアイスカフェオレが来たのは  料理人が作り間違えてミルクを入れるにちがいない  氷を入れるにちがいない  と思ったからよね。  それって、あなたのイメージした通りのものじゃない?  まあ…  エスプレッソにミルクと氷を入れたら  確かにアイスカフェオレですもんね…  希望通りではなかったけれど…  希望しようとしまいと  ここではあなたがイメージした通りのものが運ばれてくるのよ。  イメージ。つまり、思考が現実になるの。

「思考」ですか。。

 今起きている現実は全てあなたがイメージしたものなのよ。  あなたが創り出しているものなの。  こうしてわたくしと会って話していることだって  あなたが創り出した現実なのよ。  あなたを…? わたしが…?  そうよ  あなたは出口に向かいながら崩れそうな声で  「一体、俺は何を食べるためにここに来たんだ…  誰か、誰か教えてくれ…」  と言ったでしょ?  その思いが現実になってわたくしが現れたのよ。  じゃあ、あなたは…  わたしが創り出した幻なんですか…?  うふふ  ばかねぇ  そう言うと、その人の右手を両手で掴み、  深く開いた胸元にその手を引き寄せました  ほら。ちゃんと心臓の音が聞こえるでしょ  その人はあわててテーブルの下に右手をひっこめると  うつむいて右手の温もりを左手で包み込みました。  幻じゃなくって現実だってばぁ ゲ・ン・ジ・ツ!  このアイスカフェオレだって、ほら  カランカラン…   かき回された氷が音を立てて揺れました。  ちゃんと飲めるわよ  わたしには…  いつも嫌いなものばかり  一番食べたくないものばかりがやってきていました。  わたしがそれをイメージしていたからなんですね…  そうね  あなたは悪い方向を見るのが得意なのね。  だから方向を見失ってしまうのよ。  なにが食べたいのかがわからなくなってしまうのよ。  わたしはいつも  親や周りから立派だと思われそうな食べ物を注文していました  でも、そんな食べ物はわたしには食べきれないし  運ばれて来ては困る。  だから自分でも気付かないうちに  その料理が運ばれてこないようなイメージをしていたんだと思います。  そんなことを繰り返しているうちに  食べ物をイメージしようとしても  それが自分が本当に食べたいものなのか  食べている姿を誰かに見せてうらやましがられたいからなのか  わからなくなってしまったんです。  わかるわ。あなたの気持ち。  実はわたし  小さい頃からずっとあこがれていた食べ物があるんです。  でも、自分みたいな人間がそんな物を食べたいと言ったら  みんなに笑われるんじゃないかって思って。  たとえ注文したとしても運ばれてくるわけがないと言い聞かせて  あきらめたんです。  今でも食べたいと思うんですが  もう、この年になってそれを食べ始めるのは遅すぎます…  なんなの?その食べ物って…?  口では説明できません  とても言い表せない…  説明はいらないわ  イメージしてみて…  あなたがそれを食べているところを  鮮明に描いてみて…  その人は目を閉じて頭を後ろに倒しました  あぁ…  素晴らしい… 最高だ…  幸せだ…  そのまま、そのイメージを抱いたまま  注文ボタンを押してごらんなさい  はい…  その人は注文ボタンに手をかけました

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